「撒いた、か?」
軍装に身を包んだ長髪の男が一人、高地特有の潅木が茂る中を足早に歩を進めている。その背には少女が一人。
「奴等の動きがこれほど早いとは・・・迂闊だった」
背負われた少女に語るように呟くが、そこに返事は無い。傷を負う少女の意識は既に失われて久しく、微かな、だが苦しそうな息遣いだけが時折聞こえてくる。
背負う男もまた同様に無傷ではなかった。表情を乱さず淡々と歩を進めてはいるものの、その足取りを示すように落ちる紅い滴の連なりを見る限りは決して浅い傷ではない。
男と少女、そして仲間達による冒険者としての最後の死闘。その終幕を迎えるや否や突如襲い掛かってきた数多の兵士達。それはアステリア王国軍だった。
戦火が収束する機に乗じ、彼等は自国の領土内から『歓迎されざる者』の掃討に取り掛かった。それはバルバシア軍であり、またここにいる男のような者達でもあった。
機動殲滅隊。二十余年前のディアス戦役から戦い続けてきた者達。時と共に戦場は移り、ここイブラシル大陸で剣を振るい続けてきた。
強固な絆と信念で結ばれた屈強な戦友達。だが男が率いる壱番隊はアステリア王国軍の強襲を受け――
「二人だけに、なってしまったな」
自らの身体を盾とし幾つもの剣撃から男を護る者。囮となるため高らかに叫びながら敵中へと斬り込む者。傷付き半ば地に伏しながらも仲間に治癒魔法を唱え続ける者。
男も潔くその場に留まり、共に果てるまで仲間たちと戦い貫くべきだったのかもしれない。だが気づけば少女を背負い敵の包囲を突破していた。
『王』としての誇り。男にとってはそれが全てだった。
ただそれだけを背負い戦い続け、やがて戦場にて迎える誇り高き、最期。
願うことなど、それだけであった筈だ。
――だが、これで良い
代わりに背負う少女の命は、今の男にとってはそんな誇りなどよりも遥かに重い。今はこの少女を生かす、その想いが重い足を前へと運ばせていた。
「街道に出さえすれば」と、男は自らを奮い立たせる。
戦乱の最中とはいえ交易の要となる街道を行きかう旅人は多く、そこに紛れてしまえば国境を抜けるのもそう難しいことではないだろう。
やがて潅木の茂みが途切れる。突如開けた、視界。
「・・・そう上手くもいかぬ、か」
琥珀の双眸に映ったのは、アステリア兵。規模は一個中隊といったところだろうか。それはつまり、絶望的な戦力差。
最も近くに居た幾人かの兵が男の姿を認め粗野な怒声と共に武器を構えると、その興奮を帯びた熱量は、次々と周囲の兵へと伝染していく。
「そう騒ぐな。少し、待て」
微かな笑みを残して兵に背を向けると、地に膝を着け少女をそっと横たえる。空いた手が優しく少女の艶やかな髪を撫で、次いでその耳に着けられたピアスを外した。
「すまないが借りるぞ、苺。必ず返す」
掌上の透明な赤を一瞬強く握りしめてから胸元のポケットへ滑り込ませ、立ち上がる。
数秒、名残惜しむように横たわる少女の美しい顔を瞳に写すと、しっかりと焼付けるように目蓋を閉じた。
踵を返し、眼を開く。そこには厚い壁となって迫りくる数多の兵。
男は静かに歩み出し、そして一対の曲刀を滑らかに抜く。
「機動殲滅隊4代目総帥、ロジェ・ド・ラクロ――参る」
それは春。風の精霊がやけに騒がしい日だった。
これはDK3第1期の結末を基に2009年8月に書き上げた作品に加筆・修正を加え再掲したものです
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